HSP(なのか?):悪意のない悪意とは
こんばんは、糸です。
のっけから重いですが、典型的なパワハラ経験者です。(直接の標的ではありませんでしたが)
今朝、パワハラ認定された伊調馨選手のニュースを見ていて「もやぁっ」としたのちに、さいきん同僚がよく愚痴っている「上司の悪意のない悪意がつらい」という言葉を思い出しました。
なにがどう「もやぁっ」としたかというと、伊調馨選手の元コーチは逃げも隠れもせずインタビューに答えており「そんなつもりはなかった」と困惑顔。この「そんなつもりはなかった」という発言も、困惑しているらしい表情も、本人的には偽りない本音なのかもなあ、と感じました。
まさに職場でも、同僚が相性の悪い上司について「上司の悪気のない言動でダメージをくらっている。相手は立場が上なわけだし、これは悪意のない悪意ではないか」とこぼしていたのです。
この元コーチの困惑顔こそ「悪意のない悪意」なのかもなあ、とつながったわけです。
これ、HSPからするとけっこう「こ、こわい……」となる現象です。いや、度合いによってはHSPじゃなくてもなるか。
最近読んだとある記事で「世の中強い人ベースで基準が作られ過ぎではないか」的な一文がありました。
ここでいう強い人というのは「人並みの努力をすれば(しなくても)社会に適応できる人たち」のことをおそらく指しています。
元コーチが困惑しているように「強い人」にとっては「そんなつもりはなかった」ことが繊細組には大打撃となることはいくらでもある。自分の人生でも数え切れないほどに(体験談)。
でも「強い人」が繊細組との距離感をうまくはかり、適切な指導を行っていく、というのはかなりレベルの高いマネジメントだろうな、とも思います。いわゆる「強さ」とは反対のベクトルの能力が必要そうだし。
そして繊細組にとっては「強い人」とのコミュニケーションは努力と諦めの繰り返しのような印象が私にはあります。というか私がそうだった。(体験談2)
ついでに書いておくと「いっけん強そうだけど誰より繊細」タイプが上司になった時がいちばん厄介だったりしますが、まあそれは今回は置いといて……。(体験談3)
それぞれの立場があるのでどっちが悪いということではなく、こういうすれ違いは本当に山のようにあるんだろうなと思います。
ああ、書いててつらい……。
なんか 「強い人」と繊細組の共存はどうしたらいいんだろうなあ? としみじみしてしまいました。
まあ無理に共存しなくても、別のコミュニティをつくっていけばいいのか……? でもなかなかそうきっぱり切れるものでもないですもんね。
ここらへんはわりと奥が深いというか、下手すると社会への提言みたいになってしまうので、いつもどおり独り言として置いておきます。
みなさま、良い週末を~。
糸